安全配慮義務とは

従業員が勤務する企業で性被害やパワハラ等の被害を受けた場合、雇用主の企業が、従業員に対して損害賠償責任を負う場合があります。

雇用主は、従業員が安全に労務を提供できるように配慮する義務を負っています(安全配慮義務)。この安全配慮義務は、法律上明文で定められており「事業者は、単にこの法律で定める労働災害の防止のための最低基準を守るだけでなく、快適な職場環境の実現と労働条件の改善を通じて職場における労働者の安全と健康を確保するようにしなければならない。」(労働安全衛生法3条)、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」(労働契約法5条)と規定されています。

従業員が性被害やパワハラを受けた事案では、企業が損害賠償責任を負うのは、上記の安全配慮義務違反が問われることが多いです。

職場または職場の延長線上の行為と言えるか

ただし、性被害は密室で、しかも勤務時間外に起こることがほとんどで、はたして職場または職場の延長線上で発生したといえるのか、それとも、職場を離れてた個人的な出来事なのかの線引きは、必ずしも簡単ではありません。

特に重要なのは、その行為が「職場そのもの」または「職場の延長線上」で行われたかどうかという点です。この判断は単に勤務時間の形式的な「内外」だけでなく、場所、会話の前後関係、当事者の立場関係など、総合的に判断されます。一概に勤務時間外というだけで企業の責任が否定されるわけではないのです。

従業員の性被害について安全配慮義務違反を認めた裁判例

近時の裁判例(東京地方裁判所令和6年10月24日判決)を紹介します。事案は、社会福祉法人の理事が、女性職員に対して、性的な内容のメールをLINEで何度も送信したり、女性職員の胸を触ったり手を握ったりしたというもので、肉体関係までではないものの、件数が多数に及んでいる点でかなり悪質です。

この事案の特徴として注目すべきは、長期間にわたって頻繁に行われた行為であること、また社会福祉法人の代表者も理事の問題行動を認識していたという点があります。企業の責任を考える上で、管理職レベルだけでなく、上層部が問題を認識していたかどうかは重要な判断要素になります。

裁判所は、「①業務上使用する携帯電話でメールを送信したもの(認定事実(1))、②業務上の出張時(東京、フランス)の宿泊に利用したホテル内又はその付近で行われたもの(同(2)、(5)、(6))、③上司の立場で呼び出したコンサート会場やホテルのバーで行われたもの(同(3)、(4))であるから、職場そのもの又は少なくとも実質的に職場の延長線上での行為であることは明白である上、被告Y2法人における被告Y1と原告2との立場の違いや被告Y1の酒席でのセクハラ発言を相当の地位にある者も注意できなかったこと(被告Y2法人代表者)などを踏まえれば、被告Y1が上司である立場を利用して、従業員である原告2に加害行為を加えたことは明らかであって、およそ個人的な行動であるとはいえないから、上記主張を踏まえても、債務不履行責任を負うことは明らかである。上記被告Y2法人の反論は採用できない。」と述べて、社会福祉法人の安全配慮義務違反を認めました。「職場そのもの又は少なくとも実質的に職場の延長線上での行為であることは明白である」と認定している点がポイントです。

賠償金額の高額化傾向

認容された賠償金額は、440万円(精神的損害400万円、弁護士費用40万円)。女性職員にとって十分な金額とはいえないかもしれませんが、精神的苦痛を重視した高額な賠償金額です。数年前であれば、ここまで高額にはならなかったと思います。性被害に対し、裁判所が厳しい態度を取る傾向にあるといえます。

この点は特に注目すべきで、精神的損害に対して300万円を超える賠償が認められることは、交通事故の案件でも稀です(もちろん身体の重大な損傷がある場合を除きます)。これは性被害事案に対する司法の姿勢変化を表していると言えるでしょう。

パワハラ事案との違い

一方で、パワハラ単体の事案は、性被害に比べて立証が難しいケースが少なくありません。例えば、言葉一つを取っても、実際には非常に強い語気で発せられたものでも、録音から文字に起こすと語気が伝わらず、業務上の必要性から言われたと解釈されることもあります。実際に言われた本人はパワハラだと感じていても、第三者から見ると社会的相当性の範囲内と判断されることも少なくないのです。

被害者側の対応策

このような職場での被害に対して、従業員側ができる対策としては、まず証拠を残すことが重要です。LINEのメッセージを保存しておく、可能であれば会話を録音するなど、第三者から見て社会的相当性を超えていると判断できる材料を確保することが大切です。弁護士に相談する際も、こうした証拠があるかどうかで結果が大きく変わってくるでしょう。

まとめ

職場における性被害は、単に個人間の問題ではなく、企業の安全配慮義務違反として損害賠償責任が問われる可能性があります。特に事案が悪質で長期にわたる場合、また企業の上層部も問題を認識していた場合には、より責任が認められやすくなります。

裁判所は近年、このような事案に対して厳しい姿勢で臨んでおり、精神的損害に対しても高額な賠償を認める傾向にあります。企業側としては、こうした事態を未然に防ぐための対策が一層重要になっているといえるでしょう。